車窓から見える遠くの山肌にも、所々にぼうっと薄いピンクのかたまりが点在している。花見のピークは今週末、遅くとも来週末までというのはタクシーの運転手さんが確信に満ちた声で伝えてくれた。
本満寺は出町柳から歩いて10分足らず。閑静な住宅街の中にある。まるで傘を広げたような枝振りの、丈の高い枝垂桜があり、見物人はみなその傘の下に守られるようにして上を見上げる。鴨川沿いや円山公園などのような名所というわけではないだろうが、知る人ぞ知るスポットらしく、老若男女が思い思いにフレーミングしている。花びらを近写してみたり、恋人同士が自撮りしたり、その表情は誰しも明るく満足げだ。「ブログで宣伝してくださいね~」などという、住職さんの半ば冗談もみんな唸きながら聞いている。
出町は思い出の場所でもある。たしか日の出やという家具屋さんがあって、大学入学で下宿生活スタートさせる娘の簡素な家具を、母が買い揃えてくれた。きっとご主人の代も変わったことだろう。
一時代は、同志社大学や同志社女子大学の学生たちがたくさん住んでいたはずの出町。豆餅で有名なふたばさんの店の前は、歩道からこぼれんばかりにお客さんが並んでいる。
私などが今さら言うまでもなく、桜の力は甚だしい。誰に教えられなくても、どこか特別な、人の心を波立たせるキャラクターの木だとわかってしまう。見頃になったといっちゃあソワソワし、散り際になったといっちゃあ残念な気持ちになる。
千年も前の色男の言う通りである。
世の中に
絶えて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし
在原業平朝臣
(茉歩)